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大分地方裁判所 昭和45年(ワ)327号 判決

主文

1、別紙漁区目録記載の漁区において、原告首藤日出生、同村井今朝由、同平川直、同首藤萬吉、同東松重、同田口茂幸、同村井正、同出口春孝、同出口清秀、同出口静夫、同出口輝茂、同首藤作義、同平川廣、同田口富雄及び同亀井秀五郎は、磯突漁業による第一種共同漁業を、同平川清治は建網漁業による第二種共同漁業を、それぞれ営む権利があることを確認する。

2、その余の原告ら四〇名の請求を棄却する。

3、訴訟費用中、右第一項の原告らと被告らとの間に生じたものは被告らの負担とし、右第二項の原告らと被告らとの間に生じたものは右原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一、(組合、漁業権免許)

請求原因一および二のとおり、被告組合は水産業協同組合法にもとづき設立された漁業協同組合であつて、昭和三九年一月一日大分県知事より、共第三〇号をもつて本件漁区を含む漁区について第一ないし第三種漁業を内容とする漁業権設定の免許をうけたことは当事者間に争がない。

二、(組合員の漁業を営む権利)

請求原因三12のとおり、原告らは被告組合の組合員である漁業者であつて、被告組合の共第三〇号共同漁業権行使規則及び行使者明細書は、第一原告ら一六名が本件漁区において主文記載の漁業を営むことができる旨定めていることは当事者間に争がない。

しかしながら、右行使規則及び明細書には現在、第二原告ら四〇名が、本件漁区において漁業を営むことができる旨を定めていないことは、原告らの自認するところであり、将来右行使権者が変更される可能性があるにしても、それは右原告四〇名が現在本件漁区で漁業を営むことのできる権利を有する根拠とはならないから、右原告四〇名の本件請求はその余の点について判断するまでもなく理由がなく、棄却すべきものである。

三、(漁業権喪失)

第一原告ら一六名の請求に関しては、更に進んで共第三〇号共同漁業権のうち本件漁区に対する部分が放棄されたか否かについて判断する。

まず、このような放棄は漁業権の一部喪失に該当するから、水産業協同組合法五〇条四号により、正組合員の半数以上の出席した総会において正組合員の三分の二以上の多数による議決がなされることが必要であることはいうまでもない。

原告らは更にそのほかに漁業法八条五項、三項に定める、共第三〇号共同漁業権の内容たる第一種漁業を営む組合員のうち関係地区内に住所を有する者の三分の二以上の書面による同意が必要であると主張する。

漁業権は、法律上漁業協同組合に属するものであるが、組合は原則として漁業を営むことができず(水産業共同組合法一一条一項、一七条)、被告組合においても漁業を営むことを事業内容としてはいない(成立に争のない甲七号証の一、二)のであつて、組合は漁業権を管理するに過ぎず、漁業権にもとづき実際に漁業を行いそれにより利益をうけうる権利ないし地位は漁業権行使規則により定められた各組合員に帰属しているものといわねばならない。そして、漁業協同組合の個人たる組倉員はすべて漁民であつて、一年間に少なくとも九〇日をこえる日数漁業を営み又はこれに従事している者である(水産業協同組合法一八条一項一号)から、右のような権利ないし地位は組合員にとつて極めて重要なものであるということができる。

そこで、漁業権行使規則を変更する場合には、総会の特別決議を必要とする(水産業協同組合法五〇条五号)とはいえそれのみに委ねては、多数組合員の意思により具体的な漁業を営む権利を有していた者の意思に反しその漁業を営む権利が変更され、又は奪われるという不当な結果が生ずる危険があり、この危険は特に漁業協同組合が合併等により大きくなり組合員が多人数である場合ほど大きいと言える。そこで、このような危険を防止するため、法は漁業権行使規則を変更するには、行政庁の認可(漁業法八条四項)のみならず、その共同漁業権の内容のうち現に第一種共同漁業を営む者であつて関係地区に居住する組合員の三分の二の者の書面による同意を要求する(漁業法八条五項、三項)ことにより、現に漁業を営んでいる組合員の利益を保護しているものと解される。

漁業権の放棄は、漁業権行使規則の変更による組合員の権利ないし地位の変更と性格を異にするものではあるが、漁業権放棄により各組合員の漁業を営む権利が失われる(漁業法八条一項)ことになる点においては、漁業権行使規則の変更による場合と異なる点はない。更に漁業権行使規則の変更の場合には、組合内部でそれが再び変更され知事の認可を得ればそれを回復する可能性があるのに比し、漁業権放棄の場合には、その漁区が埋立等により消滅することなくなお存在し、更に知事による漁業権設定免許が与えられない限り一度漁業を営む権利を失つた者がそれを回復することのできない点において、前者に比しその権利の喪失はより確定的永久的であるということができる。また、漁業権放棄にあたつては、漁業権の対象たる漁区の一部分に対する漁業権の放棄の場合であつても、知事の免許は必要でないと解される(この点の詳しい理由は後記四参照)から、漁業権行使規則変更の場合(漁業法八条四項)と異なり、知事の後見的監督による保護も与えられないことになるわけである。

以上のことを考慮すると、漁業権の放棄において現に漁業を行つている者の保護の必要性は漁業権行使規則の変更の場合以上に大きいものというべきであり、従つて漁業権の放棄には漁業法八条五項、三項に定める、当該漁業権の内容たる第一種漁業を営む組合員のうち関係地区内に住所を有する者の三分の二以上の書面による同意が必要であると解すべきである。

このように解しても、公益上の必要のあるときは損失を補償することにより漁業権を消滅させることもできる(漁業法三九条)から、一部の者の反対により漁業権の放棄ひいては海面の総合的な利用が困難となる結果は避けることができる。また、右のように特別の書面同意が必要であると解しても、関係地区の範囲を比較的広く定めることにより極めて少数の反対により漁業権放棄ができないことを避けることもできる。

これを本件についてみるに、共第三〇号共同漁業権について大分県知事が漁業法一一条により定めた関係地区は臼杵市のうち臼杵、板知屋、大泊、風成、深江、市浜、諏訪、大浜、中津留の各大字であり、ここに住所を有し右漁業権の内容たる第一種共同漁業を営んでいた者が一二名であることは当事者間に争のないところであるが、本件漁区に対する漁業権の放棄について右一二名の三分の二に当る八六名以上の書面による同意があつたことは本件全証拠によるも認めることができない。

もつとも、本件漁業権放棄について賛成の書面議決書が同時に右の書面同意と解することができるとしても、〈証拠〉によれば、右一二九名のうち右のような書面議決書を提出した者は、後藤チヨ、亀井春美、平川伸太郎、佐々木政海、吉良清堂、亀井島人、薬師寺信義、安藤清茂の八名にすぎないことが認められ、これのみでは右一二九名の三分の二に達しないことは明らかである。

なお、書面による同意はなくとも、これと同程度の明確な同意があれば足りる余地があるとしても、そのような明確な同意の表明があつたことは本件全証拠によるも認めることができない。これを、同四五年三月二一日の組合総会との関係でなお詳しく判断する。

右の組合総会において、前記の漁業権放棄に反対の意思表示をした者が三名、賛否を明らかにしなかつた者が七六名はいたことは被告らの自認するところである。すると、この合計七九名の者は賛成の意思を表示しなかつた者というべきであるところ、この中に前記の第一種漁業を営んでいた者一二九名中の三分の一に当る四三名以上が含まれていないことは、本件全証拠によるも認めることができない。むしろ、特段の事情のない限り、現実に本件漁区において漁業を営んでいる者ほど漁区を失いたくない気持が強いというべきであるから、前記七九名Hの中にはかかる組合員を数多く含んでいるとみるべく、かりに、被告主張どおりの議決がなされたとしても、右一二九名中の三分の二以上の明確な同意があつたものと認めることができない。

のみならず、〈証拠〉を総合すれば、同四五年三月二一日に開かれた右組合総会においては、まず無記名投票にするかの採決の方法をめぐつて議場は紛糾し、議長は起立採決の方法によることを組合員に問い多数の賛成を得たこと、ついで議長は本議決に入り漁業権放棄に不賛成の者の起立を求めたところ、あくまで投票による採決方法を主張する組合員数名が議長席に詰寄つたところで反対三名と宣言したこと、ついで議長の右措置に抗議しようとして起立した者も相当数いる中で、議長は賛成者の起立を求めたところ、その数が三分の二以上の法定数に達していたか否かはさておき、多数の者が騒然と一せいに起立しおわる瞬間をとらえて賛成多数により可決された旨を宣したが、右言葉が終るや否や不賛成のため着席していた組合員も抗議と憤激とにかられて立上つたため、反対者の着席している時間は一瞬の間であり、反対者の人数を正確に数える時間的余裕がなかつたこと、以上の事実を認めることができる。この認定に反する甲第八号証、乙第三号証の四証人河野和季、同酒井清、同高橋茂、同広戸金光および同小坂一の証言、ならびに原告元井一雄、同平川清治、同平川直、被告組合代表者本人尋問の結果は前記証拠と対比すると、たやすく措信することはできない。そうすると一二一名(ただし、右は前記一二九名のうち書面議決書を提出した八名を除いたその余の人員)中七八名以上の者が、総会において、書面による同意に比すべき程明確な同意を表明したとは到底認めることができない。

従つて、前記一二九名中三分の二以上の書面による同意又はこれと同程度の明確な同意があつたことを認定できない以上、漁業権放棄の決議があつたとしても、それだけでは漁業権放棄の効力を生じないものと言わねばならない。

四、(漁業権変更免許)

大分県知事が被告組合の申請にもとづき、同四五年五月二〇日、共第三〇号共同漁業権の目的の漁区を除くその余の部分に縮少する旨の変更免許をなしたことは当事者間に争がない。

被告らは、右のように漁業権変更免許の行政処分がなされている以上、この変更免許に重大かつ明白な瑕疵がない限り有効であつて本件漁区に対する漁業権は消滅したことになる旨主張する。

漁業期間、方法、魚の種類などの変更を内容とする漁業権の変更は、これらの新しい内容をその漁業権者に与えることになるので、漁業調整、漁業資源の保護などの公益上の見地より特権の付与としての免許をうけなければならないものとしていると解される(漁業法二二条二項参照)。しかしながら、漁業権の放棄はそれにより当該漁区にその漁業権を有するものがなくなるだけでそれにより他の権利者が生じ又は漁業権に新しい内容が加えられるものではないから、これについて免許を必要とする漁業調整その他の公益は全く存しないわけである。そして、漁業権は私権としての性格を持つている(漁業法二三条一項)から、特別の規定のない限り権利者は自由にその放棄をなしうるものであつて、これについて免許を必要とする法の明文は見当らない。漁業法三一条一項は漁業権が放棄でき、漁業権放棄が漁業権変更とは異つた概念であることを前提としているが、放棄につき免許を必要とする規定は存しないし、かえつて、漁業登録令四一条は漁業権の設定、変更、取消、行使停止など行政庁の処分により形成される権利変動についてはその行政庁として職権でその変動の登録をすることと定めているのに、漁業権の放棄は登録庁で職権登録できる事項に含まれていないのみならず、同令一六条二号は漁業権者の単独申請で漁業権放棄の登録ができることを定めており、これらの規定よりみれば、漁業権放棄について行政庁の免許が必要でないことがうかがわれる。以上の諸点を考慮すると、漁業権の放棄は、行政庁の免許等の処分がなくとも行政庁に対する届出があれば、効力が生ずるものと解すべきである。

そしてこのことは、漁業権の放棄が、一個の漁業権の目的たる漁場の一部についてなされる場合であつても同様と解すべきである。私権である漁業権は不動産に対する物権の場合と同様その一部を放棄することも許されると解されるし、このような一部放棄について漁業調整その他の公益は全く存しないから、このような漁業権の一部放棄は、漁業法二二条による免許を必要とする「漁業権の変更」には該当せず、このような免許がなくとも効力が生ずるというべきである。

従つて、反面このような漁業権一部放棄について漁業権変更の免許がなされたとしても、それは放棄の届出受理としての効力を生ずるにすぎず、この変更免許によつて漁業権放棄の重大明白でない瑕疵が治癒され漁業権喪失の効力が生ずるものではない。

よつて、前記三に認定の漁業権放棄についての瑕疵が右の漁業権変更免許を無効ならしめる重大明白なものであるかについて判断する必要はない。

五、(結論)

以上判断のとおり、本件海域に対する共第三〇号共同漁業権放棄について、右海域において右漁業権の内容たる第一種漁業を営む組合員一二九名の三分の二以上の同意があつたことが認められない以上、その余の争点について判断するまでもなく、右の漁業権が喪失される効力が生ぜず、本件海域に対する右漁業権はなお存続しているものというべきである。従つて、第一原告ら一六名の漁業を営む権利もなお存続しているものというべきであり、右第一原告ら一六名の本件請求は理由がある。

よつて、第一原告ら一六名の本件請求を認容し、その余の原告ら四〇名の本件請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。(高石博良 土井博子 井関正裕)

当事者目録

原告 首藤日出生

ほか一五名

右原告一六名代理人 浜田英敏

原告 元井一雄

ほか五五名

原告五六名代理人 吉田孝美

右同 岡村正淳

被告 臼杵市漁業協同組合

被告 臼杵市

被告ら代理人 後藤久馬一

右同 加来義正

被告ら復代理人 安部万年

漁区目録

A点(臼杵市大字宇土尻観音崎東端)

C点(A点より津久見島北端を見とおした直線上二〇〇メートルの地点)

D点(風成防波堤基部)

E点(臼杵市大字大泊一号防波堤基部クジラ塔)

B点(C点とD点とを結ぶ直線がE点から津久見島南端を見通す直線と交差する地点)

F点(C点と、A点を結ぶ直線を延長して該線が国道二一七号線に接する地点)

以上、F、A、C、B、Eの各点を順次直線で結んだ線とE、F点間の国道二一七号線とを以て囲まれた海域

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